Epicurean

つくり手としての矜恃。
何を変えて、何を変えなかったのか

北村 私の持論で、料理人と職人は違うという話があるんです。その日、自分の目に叶う食材を一生懸命探し当てて、自分の考えで一皿一皿つくっていくのが料理人。職人は、その日どんなにシケで漁が乏しくても旬がずれていても、何事もなかったかのように、いつでも同じ味にする。野川さんは職人の世界にいますが、実際はどうでしょうか?

野川 全く同じですね。特に染めの工程は、最初から歳をとった藍をつくれるわけではなくて、若い藍が歳をとっていく。もちろん、今日の藍と明日の藍も違います。一年の中で暑い日もあれば、寒い日や湿度が高い日もある。この辺は、熊谷とか群馬も近いので、夏場は特に暑くて、藍の染める力が弱くなったりするんです。その中で同じ色にしていかなければいけない。それをやるのが、職人だと思います。

北村 キリがないですよね。

野川 そうですね。日々変化する藍の様子を観察して、藍と対話しながら、今日染める糸の色をつくり出すために、どの甕にどのくらいつけるかを判断しています。

北村 温度や湿度などの環境が違うこともありますし、糸などの染める対象が違うこともある。変数はいくつもあるけど、何事もなかったのかのようにつくるのが職人技ですね。

北村 本来ならこれから3日4日かけて聞かないとそれでも分からないようなことを、あえて聞きます。一言で言うと、なんですか?

野川 やっぱり、それは「真心」だと思います。日々藍に対して、ちゃんと愛を注いでいれば分かるんです。

 機織りも、もう製造されていない旧式シャトル織機を使っていますが、壊れたら部品もないですし、問題がある部分を音とか糸の動きとかを見ながら瞬時に判断する。私は、機織りや染めの現場に毎日入っているわけではないので、毎日みている職人にはとてもとても敵わないです。藍や機械と同質化している感覚というか・・・、

北村 スイマーが水になったようだって言う感覚ですね。

米澤 野川さんのところがすごいと思ったのは、職人さんたちが若いんです。染めるとか織るとか、地道な仕事じゃないですか。それを若い人たちが一心不乱に働いている姿を見て、「これは未来がある!」と思ったんですよ。

北村 その製品を買う=応援することでもありますよね。応援消費は、別にコロナ禍における飲食店や旅館だけの話ではないと思うんです。

米澤 一方で、「気の毒だから応援する」という購入は、この藍染めには当てはまらないと思うんです。全然気の毒なんかじゃない。立派な意思をもっているから、手放しで応援したくなるんです。

北村 僕は心意気にお金を払いますね。

米澤 ものが良くなければ応援なんてできないし、伝統だからとか、単に長い歴史があるからとかには、あまり価値を感じないです。

北村 そうですね。これが自分の中でのベストだと思って、よくよく聞いてみたら、結果的に手づくりだった。大正創業だから偉いわけではない。

 とはいえ、長く続く理由があるし、値段にも理由があると思います。長く続いているのも、一つの大変な作業を継続してきた証だと思っていて、それは、きっと何かを変えて、何かを変えていないのかと。何を変えて、何を変えなかったんですか?

野川 そう言う意味では、つくり方は変わっています。昔は同じ染めの現場に丸い藍甕が180本ほどあったのですが、効率的に糸染めをやる方法を考えた結果、今のスタイルになりました。絶対に譲らなかったのは、植物の藍を使って実用的な商品をつくることですね。

北村 なるほど。そのために工程の中で何を変えようとも、変えてはいけないことや、譲れない一線というのは明確にあったのですね。

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